「レムリアの真実」マヌによる霊言 六 最終
(2010-2-28 世田谷支部にて)
Q:ラムディアは最終的には、宇宙人から技術供与された戦争破壊兵器で自滅していったということでしたが、結局、ラムディアの限界とはなんだったのですか?そして、そこから私たちが学ぶべきものとはなんでしょうか?
「ラムディアの限界は、現代的な言葉で言うと五官、目、口、鼻、耳、触覚の感覚器官を通じて、この星に住むことの喜びを味わうことを目的として、他の星から来た者もいましたが共通項として、地球という星の環境下で肉体を持ち感覚を発達させることをもって、肉体を持つことの喜びを教えるというところに共通項を見出して、外見や人種の違いを超えて、それらの者を結びつけるものを考えたのです。ですから、手足が2本ずつの人間と4本ずつの人間と、どちらが美しいかとか。人魚型や爬虫類型の人間もいて、外見だけ見ると非常に主観性が強く出るので、そうではなくて、この世において創り出したるものによって、感性によって美しいかどうかということで、進化を計ろうとしたのがラムディアだったのです。
地球に適合する肉体かどうかが中心だったのですが、その中心になる心の教えの部分、魂の進化としての心の教えがなかったのです。
他の星にいたときには高度な科学技術を持っていたのに、地球に来て食料を求めて生活しているうちに、そうした科学文明が退化、退行していったということがいえます。
自分達も高度な科学技術を持っていたのに、新種の科学技術を持った宇宙人が来ると彼らが神の如く見えて、彼らに操作・支配されることが多かったのです。
それらは地球を統括している大霊の目から見れば、ラムディア文明が退化していると見え、一種の魂の堕落に見えました。ラムディア文明の存続をするよりも、新しい文明を創り直す必要があると考えられたのです。
先程お話したように、宇宙から指示された兵器が使われたということもありましたが、そのような兵器が使われたということ自体が、あまりに末期的なことで、真理は両方にあったということです。」
Q:愛と美の調和教で目指していたものとは?
「私は・・・、既に私の出た時代は、今から3万年近い昔、2万8千年くらい前か・・・、すでにラムディアの歴史は創られていました。中でも長く続いていたのは、大聖エレマリアの作られた美の祭典、芸術の祭典が行われていて、それによってのみ色々な違う種族の者が一つになろうと努力していて、それ以外のものについては、守るべき教えや絆は薄かった。少なくともエレマリアの創った文化、伝統は守りたかったのです。その文化そのものは金星人種の持っていた良いもので、感性だけはすごく高度であったので、喜びが全然違うわけです。
今日は雨が降っていましたが、冷たい雨がやんで日の光が射すと、人間であっても鬱の気分から明るい気持ちになる。そういう感覚はあるでしょう。しかし、植物であれば、雨により水分を摂取した喜び、その後に日の光を浴びた喜び。これが、どれほどあなた方と違った喜びを持っているか。
植物達は、あなた方動物・・・、あ、動物というのは失礼な言い方でしたでしょうか(笑)、あなた方アニマルではない動物が感じる以上に、動くことが出来ないので、自然の力を受けるということにものすごい喜びを感じているのです。日の光を受けると土に染込んだ水を吸収して養分となる喜び、光合成ができる喜び、雨とか風とか日の光とかに対して、植物はあなた方よりも遥かに高い感度を持っているのです。
あなた方が見過ごしているものを感じています。人間でも優れた感度を持っている人もいます。絶対音感とか、優れた嗅覚。こういう感覚が世界を違ったものに見せていた時代があったのです。今はパラダイムシフトして知識的なものに意義を感じ、知性中心の文明で、感性中心ではありません。知性中心の文明を創っています。その中でラムディアの感性で生きていた人が生き残っており、芸術家が生き延びていて、ラムディアの記憶がまだあるのだと思いますが、美を競ったりしています。しかし、主力ではなくなっています。」
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